急告 頼りになる先生を求む

おはようございます、渡辺喜男です。

土曜日、クラスのことで悩む先生の相談に乗っていました。
たくさんお話を聞き、少しだけアドバイスをしました。
しだいに、相談前とは顔つきが朗らかになっていくので、ほっとしました。

しかし、終わり際、その先生はこんなことを言ったのです。
「でも、あの子たち、私についてきてくれるでしょうか」
私は、ついつい強い口調で返しました。
「何いってるんですか。あの子たちが教室で頼りにできるのは、担任であるあなたしかいないんです。しっかりしてください。」

子どもは、子どもにはできないことを先生に求めています。

子どもにはできないことの一つが、トラブルの解決です。
子ども同士のけんかの仲裁が子どもにできますか。
授業中に騒ぐ子への対処は子どもにできますか。
掃除をさぼる子への対処は子どもにできますか。
できません。かえってトラブルが増大するだけです。

また、時に子どもにはピンチが押し寄せます。
一人ぼっちになったときの対処は子どもにできますか。
忘れ物をしたときの対処は子どもにできますか。
自分が苦手な食べ物が給食に出たときの対処は子どもにできますか。
できません。
気の弱い子は泣くことしかできないでしょう。

子どもは、トラブルやピンチを適切に解決してくれる(解決の方法を示してくれる)ことを先生に求めているのです。
頼りになる先生になりましょう。

もう一つ子どもにはできないことがあります。それは、できないことができるようになることです。
子どもの力だけで跳び箱が跳べるようになりますか。
子どもの力だけで計算ができ、テストで100点がとれるようになりますか。
子どもの力だけで漢字がすらすら覚えられるようになりますか。
子どもの力だけでクラス全員が暗唱できるようになりますか。
できません。子どもだけの力ではとうていできるようになりません。

跳べなかった跳び箱が跳べた、できなかった計算ができてテストで100点がとれた、漢字がすらすら覚えられるようになった、クラス全員が暗唱できた。 そんな「事実」が目の前に、次々に引き起こされことを先生。

子どもは、できないことができるようにしてくれることを先生に求めているのです。
頼りになる先生になりましょうよ。

入学式の日、1年生担任となった向山洋一氏が保護者に向けてこう語っています。
「結局私がやることは、子供たちが学校にやってきて頼りになるのは私一人。(中略)子供たち一人一人に頼りになるような教師でありたい、なりたいと思います。」([教師であることを怖れつつ」) このことは、入学したての1年生にだけ当てはまることではないのです。すべての教室に当てはまることです。