卵が一個も入っていなかった人、いらっしゃい

私は、給食の盛り付けを、給食当番の子供に任せていました。
始めに、「大体このぐらいの量で盛り付けるんだよ。」と、目安となる盛り付けの見本を当番の子に示して、後は任せていたのです。

しかし、給食当番の子供に、盛りつけの微妙な量の調節は期待できません。大人だってできませんよ。

「おれのスープは少ない」
「私のデザートは少ない」

と思う子が出てきて当然です。

ですから、そんな盛り付けの不公平感を正すのが、先生の仕事なのです。
いただきますと挨拶する前に
「周りに比べて、あまりにも少ないという人、いらっしゃい。」

と、私は言います。(向山洋一先生の追試です)
私の言葉に応じて、食器をもって出ている子達がいます。
そんな少ないと不満のある子たちに、少しばかり増やしてあげれば、もう不満は解消されるのです。

また、子供はなぜか「卵」(うずら)に執着します。

私はそれを見越して、
いただきますと挨拶する前に
「卵が一個も入っていなかった人、いらっしゃい。」
と言っていました。

そして、1個もないと食器をもって出てきた子達に、「卵」を1つか2つ入れてあげたのです。

そうそう、「白玉だんご」も「一つも入っていなかった人、いらっしゃい。」でした。

食べ物の恨みが恐ろしいことはご存じですよね。… 続きを読む

私を おばあちゃんと 呼ばないで

私が理事長をしている「NPO法人 教師と子どもの未来・横浜」の活動の一つとして、認知症予防脳トレを行っています。
その脳トレ講座では、参加してくださった高齢の方を「おじいさん」「おばあさん」と呼ばないのがルールとなっています。
https://www.miraiyokohama.net/blank-8

脳トレ講座スタッフは、受付で参加者にお名前をお聞きし、用意したシールに書きます。
そして、その名前シールを胸に貼ってもらっているのです。

私たちは、その名前シールを見て、「○○さん、よくご存じですねえ」などとお名前を呼ぶのです。

高齢の方々を、幼い子どもを扱うようにしてはいけません。
人生の先輩として、そして、知的な存在として接していくことが、とても大切だと思います。

そのことを、私は昨日紹介した百歳の詩人、柴田トヨさんからも学びました。

 先生に

私を
おばあちゃん と
呼ばないで
「今日は何曜日?」
「9+9は幾つ?」
そんな バカな質問も
しないでほしい… 続きを読む