「履歴書向きの美徳」と「追悼文向きの美徳」

アメリカのコラムニストであるデイビット・ブルックスは、人間の美徳を「履歴書向きの美徳」と「追悼文向きの美徳」の2つに分けました。 さて、「履歴書向きの美徳」と「追悼文向きの美徳」とはどのような美徳なのでしょう。

「履歴書向きの美徳」とは、出身大学、職業、会社経歴、職歴、昇進、資格、表彰、資産・・・といった外面的な成功を示すものです。 一方、
「追悼文向きの美徳」とは、例えば、人に親切だったか、誠実だったか、正直だったか、そして、勇気があったか・・・といった内面的な美点を示すものです。

私たちは、ともすれば、外面的な成功や将来のことを考えるのに一生懸命です。仕事で目標を達成したい、もっと権限のある立場・役職に就きたい、もっとたくさんお金がほしい、大きな家に住みたい、車がほしい・・・。 ですから、「履歴書向きの美徳」については、私があれこれ言う必要はないと思います。
おそらく、いつもそのことを考えているのでしょうから。

しかし、「追悼文向きの美徳」についてはどうでしょうか。
おそらく、あまり考えたことはないと思います。
ちらっと、私はけっこう真面目だ、人付き合いもいいと自己満足するぐらいだと思うのです。

けれども、あなたの仕事と人生を充実させるためには、「追悼文向けの美徳」についてもじっくり考える必要があります。

あまり考えたくはないでしょうが、自分の葬儀の様子を思い描いてください。あなたのことを大切に思っていてくれた人々が集まり、あなたに敬意を表してくれています。 その時、あなたは何と言ってもらいたいですか。

まさしく、
この自分の葬儀の際に言ってもらいたいことが、死後にも讃えられたい「あなただけの価値」だと思うのです。

そして、その「あなただけの価値」は、仕事と人生を通して達成させる価値です。
それは、死後でなく、今ここで達成されつつあることが大切なのです。

こんなことを考えると、今やっている仕事が追悼文につながるような仕事かどうか判断できると思います。

「あなただけの価値」はいったい何なのでしょう。
この夏休み、「履歴書向きの美徳」を一時忘れ、「追悼文向きの美徳」についても考えてみてください。

参照 エリック・バーカー「残酷すぎる成功法則」