よく作文や、廊下に掲示する「観察記録」や「感想文」に、熱心に赤ペンでコメントを入れている先生がいます。
その先生の教室の廊下には、赤ペンの入った子供の作品が、ずらっと並んでいるものです。
そんな光景を見たことがありませんか。
立ち止まって、そのコメントをよく見ると、良いところを褒めているところもありますが、丁寧に、句読点の間違いを直したり、こうしたら良いというアドバイスを書いているところもたくさんあることに気がつきます。
こういうのを見ると、どれだけ時間をかけてたのだろうとその手間暇に感心しつつ、でも子供はこのコメントを読んでも変わらないだろうなと思うのです。
向山洋一氏は、この赤ペン指導について、こんなことを言っています。
「ほめてれば、子どもは読みます。ほめてる とこだけを読むんです。赤ペンというのはそ のために入れるんです。教えるのは、授業で教えるんです。赤ペンの性質じゃない。」
そうです。
ついついアドバイスして改善してもらいたいとコメントするのですが、アドバイスしても改善はとてもできません。
子供の関心は、そこにはないのです。
小学校1年生を担任する野村尚也氏が、このことに触れてサークル冊子に書いています。
赤ペンで書く文字は、子どもを労う言葉を書く。指導は一切しない。
クラスの様子を見ていると、私が何を書いたのかを読んでいる子がほとんどである。
「先生が何て書くか楽し み。」
ある女の子から言われた言葉である。
幼稚園からの引継ぎに「不安傾向が強い」と書かれた子である。今は全くその気配がない。
子どもを安心させる。それが赤ペンである。
もし赤ペンを入れるなら、褒めることだけにしましょう。
直したいことは、授業で直しましょう。