前回は、私は、どちらかと言うと、
・場を盛り上げること ・場を落ち着かせること
という二つのスキルだったら、場を盛り上げることの方が得意というか、好きな教師だったという話をしました。
ただ、この場を盛り上げたいという気持ちは、場を落ち着かせることができるという自信に裏打ち?されたものでした。
少々教室がうるさく、にぎやかになったとしても、なんとか鎮めることができるだろうという自信です。
まあ、それは、根拠のある自信ではなく、根拠のない自信なのですが。
ただ、端から見ると、うるさくてもすぐに注意しないし、放任しているみたいな感じだと思います。
ですが、そんな「少々うるさくても、なんとか鎮めることができる」という自信の元に指導をするよりも、予防としてうるさくならないような指導をする方が、学級がより「荒れ」ないと思います。
学級の乱れを修正するよりも、そもそも学級が乱れないように予防する方が、良いのです。
この考え方は、私にとって「ないものねだり」のようなものだったのですが、それでも、ここぞというときには、「予防」という意識で事前に指導を行うようにしていたものです。
「事が起こってからの対応よりも、予防を重視する」
そんなことも、学級づくりには必要なのだと思います。
・場を盛り上げること ・場を落ち着かせること
という二つのスキルだったら、場を盛り上げることの方が得意というか、好きな教師だったという話をしました。
ただ、この場を盛り上げたいという気持ちは、場を落ち着かせることができるという自信に裏打ち?されたものでした。
少々教室がうるさく、にぎやかになったとしても、なんとか鎮めることができるだろうという自信です。
まあ、それは、根拠のある自信ではなく、根拠のない自信なのですが。
ただ、端から見ると、うるさくてもすぐに注意しないし、放任しているみたいな感じだと思います。
ですが、そんな「少々うるさくても、なんとか鎮めることができる」という自信の元に指導をするよりも、予防としてうるさくならないような指導をする方が、学級がより「荒れ」ないと思います。
学級の乱れを修正するよりも、そもそも学級が乱れないように予防する方が、良いのです。
この考え方は、私にとって「ないものねだり」のようなものだったのですが、それでも、ここぞというときには、「予防」という意識で事前に指導を行うようにしていたものです。
「事が起こってからの対応よりも、予防を重視する」
そんなことも、学級づくりには必要なのだと思います。