少しばかり間が空いてしまいました。また、メルマガを再開します。
2週間前のメルマガで、「話を聞かせる力をつける」ことをテーマに取り上げることを述べました。 そして、その「話を聞かせる力をつける」と言う場合、二つの意味があることを押さえました。
それは、
・子供が話を聞く心構え(スキル)をつけること ・先生が子供に話を聞かせる力(=話術)をつけること
です。
とはいえ、子供の「話を聞く」心構え(スキル)をアップさせる教師の働きかけも、大きな意味で、巡り巡って教師の大事なスキルと言えますね。
でも、子供に聞くことへの構えをもたせることと先生の話し方スキルをアップさせることは分けて考え、取り扱われるものです。 それを、どうも「ごっちゃ」にして、「話を聞かせる」で一緒くたに扱っていると思うのです。
まず、教師サイドのスキルと子供サイドのスキルを分けることを、再確認しておきます。
その上で、皆さんは、「話を聞かせる力をつける」という場合、教師サイド、子供サイドの どちらにアクセントをおいて、スキルを意識してきたでしょうか。
私のことを言えば、私は圧倒的に、教師サイドの「話を聞かせる力をつける」ことに力を尽くしてきました。 逆に言うと、あまり、子供に話を聞かせる心構えを作ることには熱心でなかったと思います。全くもって、無頓着だったと思います。
いかがでしょうか。皆さんは、どちらにアクセントをおいているのでしょうか?
2週間前のメルマガで、「話を聞かせる力をつける」ことをテーマに取り上げることを述べました。 そして、その「話を聞かせる力をつける」と言う場合、二つの意味があることを押さえました。
それは、
・子供が話を聞く心構え(スキル)をつけること ・先生が子供に話を聞かせる力(=話術)をつけること
です。
とはいえ、子供の「話を聞く」心構え(スキル)をアップさせる教師の働きかけも、大きな意味で、巡り巡って教師の大事なスキルと言えますね。
でも、子供に聞くことへの構えをもたせることと先生の話し方スキルをアップさせることは分けて考え、取り扱われるものです。 それを、どうも「ごっちゃ」にして、「話を聞かせる」で一緒くたに扱っていると思うのです。
まず、教師サイドのスキルと子供サイドのスキルを分けることを、再確認しておきます。
その上で、皆さんは、「話を聞かせる力をつける」という場合、教師サイド、子供サイドの どちらにアクセントをおいて、スキルを意識してきたでしょうか。
私のことを言えば、私は圧倒的に、教師サイドの「話を聞かせる力をつける」ことに力を尽くしてきました。 逆に言うと、あまり、子供に話を聞かせる心構えを作ることには熱心でなかったと思います。全くもって、無頓着だったと思います。
いかがでしょうか。皆さんは、どちらにアクセントをおいているのでしょうか?