「今日だけは 十箇条」

ついつい、面倒なこと、込み入ったことを「明日やろう」と先送りしてしまうことがあります。
私もそうです。
でも、こんな十箇条に出合い、背筋を伸ばしました。
「今日だけは 十箇条」です。

1.今日だけは、幸福でいよう。リンカーンは「たいていの人々は、自分で決心した程度だけ幸福になれる」と言ったが、まったく至言である。幸福は内部から生じる。外部のことがらではない。

2.今日だけは、自分自身をその場の状況に順応させて、自分の欲望のためにすべてを順応させることを控えよう。自分の家族も仕事も運も、あるがままに受け入れて、自分をそれに合わせよう。

3.今日だけは、身体に気を付けよう。運動をし、身体を大切にし、栄養を取ろう。肉体を酷使したり、軽視することは慎もう。そうすれば、身体は意のままに動く完全な機械になるだろう。

4.今日だけは、自分の精神を鍛えよう。何か有益なことを学び取ろう。精神的な不精者にはなるまい。努力と思考と集中力を必要とするものを読もう。

5.今日だけは、魂の訓練のために三つのことをしよう。誰かに親切をほどこし、気付かれないようにしよう。ウィリアム・ジェームスが教えているように、修養のために少なくとも二つは自分のしたくないことをしよう。… 続きを読む

「みんながやってる」は本当にみんなか

赤信号みんなで渡れば怖くない
みんながやってるじゃないかと言い訳したことはないですか。

もちろん、「みんながやってる」から許される訳ではないのですが、それでも自分だけ見つかって運が悪いと思うことはありますね。 しかし、それは「同調行動」の悪い表れなのです。

実は、私も、シートベルトを着用しないでとりあえず車を発進させたところを警察官に見られて、反則切符を切られたことがありました。 「ちょっと待ってよ。今、着けようと思ったのに」「みんなもシートベルトをやってないじゃないか」なんて、まるで子供のように心の中で言っていました。

でも、
「みんながやってる」という言葉の裏には、自分を正当化しようとする言い訳の本性が潜んでいます。それは、みんながやっていることだから悪くない、自分だけ責められるのはおかしい、という自己中心的な心理です。

同調行動をしたからといって、自分の行為が正当化されるわけでは全くありません。

そもそも、「みんながやってる」のみんなは本当にみんななのでしょうか。みんなではなく、特定の人のことを指すことがほとんどです。 … 続きを読む

「みなさん飛び込んでいますよ」

夏休み入ってすぐ、藤沢市のメディア研究会に講師として行きました。
お昼に、お魚がおいしいと評判の定食屋さんに4人で行ったのですが、「お刺身定食ね」と私が注文すると、他の人も続いて、全員がお刺身定食になってしまいました。 これって、典型的な「同調行動」ですね。

同じお刺身定食を注文した私たちは、典型的な日本人らしいです。
そんな日本人をからかって、「民族性ジョーク」「エスニックジョーク」なるものがあります。
有名なジョークなので、ご存知の方も多いと思います。

様々な民族の人が乗った豪華客船が沈没しそうになる。それぞれの乗客を海に飛び込ませるには、どのように声をかければいいか?
アメリカ人に「今飛び込めばあなたは英雄ですよ」
ロシア人に「海に落ちたウォッカの瓶はあなたのものです」
イタリア人に「美女たちも泳いでいますよ」… 続きを読む