かつて、日本国中を興奮させ、日本人である誇りをもたせてくれた昭和の一大プロジェクトに「南極観測」があります。
その「南極観測」から、私のような昭和「三丁目の夕日」世代はみんな知っているエピソードを紹介します。
第1次南極越冬隊は、1956年、昭和31年に始まりました。その初代越冬隊長は西堀栄三郎でした。
南極という想像を絶する気象条件の中、機材・食料が不足し、不測の事態が次々と起こります。
そのピンチに西堀隊長は、剛胆かつ冷静に立ち向かっていきます。
西堀隊長も同行した探検チームが、初めて昭和基地から南極大陸本体に向けて観測に出かけたときのことです。
雪上車が突然止まったのです。
雪上車は、戦車やブルドーザーのようにキャタピラーを動かして移動します。
キャタピラーとは、車輪に帯状につなげて取りつけられている鋼鉄の板のことです。
調べてみると、そのキャタピラーがはずれかかっていたのです。ナットが一つどこかで抜け落ちて、キャタピラーがはずれかかっていました。
予備のナットなんてありません。
周りは、一面、氷と雪です。ブリザードという雪嵐が来たら、命がなくなる危険性もあります。
西堀隊長はナットの代わりはないか、雪上車の中をさがしまくりました。
運よく、ひとまわり大きなつぼ状のナットが見つかりました。
しかし、それを差し込んでみると、大きすぎてクルクル回るほどでした。
西堀隊長は、その内側にトーチで溶かしたハンダを流し込んで、なんとかナットらしきものにしたのです。
しかし、キャタピラーにはめこんでみると、少しゆるいのです。
このままキャタピラーを動かしても、ネジはゆるみ、すぐはずれてしまいます。
もっと、きっちり隙間なくナットを止めなくてはなりません。
どうしようかと思案しているとき、ちょうど紅茶が運ばれてきました。休憩と暖をとるとるためです。
その温かい紅茶が運ばれてきたとき、西堀隊長はひらめきました。
西堀隊長は、小鍋に残った紅茶の葉のなかに雪を入れ、シャーベット状のおかゆのようなものを作ったのです。
そして、それを凍らないうちに、ナットのところにベチャベチャ塗りつけました。
南極酷寒のマイナス30度という気温では、水はたちまち凍り、それは強力な接着剤になりました。
ナットはシャフトにきつく固定されたのでした。
この西堀隊長の紅茶のエピソードほどではありませんが、私達は、日々小さな問題解決を積み重ねていきたいです。
困難なことも、問題解決を積み重ねることで、きっと解決できます。
西堀栄三郎の言葉です。
「石橋を叩けば渡れない」
石橋を叩いて安全を確認してから決心しようと思ったら、おそらく永久に石橋は渡れない。
やろうと決めて、どうしたらできるかを調査せよ。
出典 世界の名言100 遠越 段
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