子供が、いらいらして「死ね」とか「うざ」とか、独り言を言った場合、「自然に明るく無視することができない」先生だったら、自分の心を守るために、その子に「そんなことを言うもんじゃないよ」と注意した方がよいかもしれません。 そうでなく黙っていると、そんな暴言を自分は許してしまっているという気になるのです。
でも、暴言を吐く子は、それが癖になっています。
ですから、下手をするとその暴言に付き合って、「注意ばかり」になってしまいます。
それでは、教室の雰囲気も悪くなりますし、何より、その子は叱責しかもらっていないので、行動の変化を起こすモチベーションさえなくなってしまいます。
どうするか。
「ルポ 誰が国語力を殺すのか」(石井光太著)に、子供たちの何気ない会話が紹介されています。
男子A「あのゲーム、くそヤバかったっしょ」
男子B「ああ、エグかった」
男子C「ってか、おまえ台パン(ゲーム機の台を興奮して叩くこと) しすぎ」
男子A「あれ、まじヤバかったよね。店員ガン見だから」
男子B「くそウザ」
男子C「つーか、おまえがウザ」
男子B「は、死ねよ」
私がこの会話を聞くと、喧嘩寸前で友達関係が決裂するような印象があるのですが、それが違うのですね。
でも、こんな荒い言葉をたっぷり浴びていたら、私だって、心を保つことができなくなると思います。
ただ、この本では、この荒い会話を、行為や感情が相手に伝わるように「翻訳」した会話が紹介されているのです。
男子D「あのゲーム、すごく展開が早くて、やっていてのめり込んじゃったね」
男子E「うん。僕は映像がすごくかっこいいと思った」
男子F「E君、夢中になって興奮して台を叩いていなかった?」
男子D「店員さん、見てたよね」
男子E「お店の人や、周りの人に悪いことしたなぁ」
男子F「これから気をつけた方がいいよね」
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なんともはや、 こんな会話だったのですね。
そもそも暴言をなくすということは、暴言を禁止することではなく、自分の行為や感情を相手に的確に伝えるようになることです。
だったら、このような「翻訳」?を、暴言を言う子に教えていくことが必要だと思うのです。