もしかして「事前監視」?

少しばかり、間があいてしまいました。 「事前規制」と「事後監視」の話題を継続します。
前のメルマガで、
自由な振る舞いに「自己責任」という概念がついてきた。それは、トラブルになった際に、SNSも含めた「世間」において、問われるのが普通だった。 これが、「事後監視」=「事後相互チェック体制」=「コンプライアンス」である。 そして、この事後相互チェック体制が、令和の息苦しさの正体ではないか。
というような趣旨のことを述べました。
ただ、私は、「事後監視」だけで、息苦しくはならないと考えています。事後にチェックがあったり、評価があったりするのは当然だと思うからです。 自分でも、うまくいった、うまくいかなかった、よくないやり方だった、よいやり方だった・・・という評価は、その事柄が終わった瞬間に手応えがありました。 ですから、他者から同様な評価をされても、別段苦しくはなく、素直に受け取れるものだと思うのです。
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「事後監視」=「事後相互チェック体制」

「事前規制」という暗黙の「コード」「慣習」は、減ってきました。 まあ、自由に振る舞ってよくなったわけです。
しかし、その自由な振る舞いには、「自己責任」という概念がついてきたのです。
「自由に振る舞ってよい。だけど、その行為に責任をもてよ。」
といった感じです。
この「自己責任」という概念が露わになるのは、一旦トラブルになった場合です。
そこで、「あなたが起こしたトラブルの責任は自分でとれよ」というのは誰か、どこかというと、これは「事前規制」と同じ、「世間」なのだと思います。
ただし、令和の世間は昭和の世間とは違って、べらぼうに広いです。SNSの世間も含まれるからです。
この「世間」の眼は、事前にキョロキョロ向けられているのではなく、「事後」、つまり、やっている最中を含めた「事後」に向けられているわけです。
この「やっている最中を含めた「事後」」に向けられた眼のことを、「事後監視」と言うのだと思います。
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「事前規制」からの解放の先にある「自己責任」

これまで、「事前規制と事後監視」のうちの「事前規制」について考えてきましたが、今日は、「事後監視」という概念について、考えてみます。
「事後監視」の前提・背景は、「事前規制」の呪縛から解放されてきたということです。
このメルマガでこの話題を取り上げた際に、例としてあげた
・「自分の仕事が終わっていても上司より先には退社しない」 ・「初任の先生や教育実習生には、始業30分前には学校にいることが求められる」
ということもなくなりつつあります。
自分のペースで仕事を行い、やるべきことを終えたら、とっとと退勤する先生が増えてきています。
また、初任の先生や教育実習生に「無理させない」というような風潮さえ、学校にあるような気がします。
まだまだ「事前規制」はあるのですが、それでも減りつつあるのです。
そして,その「事前規制」からの解放の先にあるのが、
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