少しばかり、間があいてしまいました。 「事前規制」と「事後監視」の話題を継続します。
前のメルマガで、
自由な振る舞いに「自己責任」という概念がついてきた。それは、トラブルになった際に、SNSも含めた「世間」において、問われるのが普通だった。 これが、「事後監視」=「事後相互チェック体制」=「コンプライアンス」である。 そして、この事後相互チェック体制が、令和の息苦しさの正体ではないか。
というような趣旨のことを述べました。
ただ、私は、「事後監視」だけで、息苦しくはならないと考えています。事後にチェックがあったり、評価があったりするのは当然だと思うからです。 自分でも、うまくいった、うまくいかなかった、よくないやり方だった、よいやり方だった・・・という評価は、その事柄が終わった瞬間に手応えがありました。 ですから、他者から同様な評価をされても、別段苦しくはなく、素直に受け取れるものだと思うのです。
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前のメルマガで、
自由な振る舞いに「自己責任」という概念がついてきた。それは、トラブルになった際に、SNSも含めた「世間」において、問われるのが普通だった。 これが、「事後監視」=「事後相互チェック体制」=「コンプライアンス」である。 そして、この事後相互チェック体制が、令和の息苦しさの正体ではないか。
というような趣旨のことを述べました。
ただ、私は、「事後監視」だけで、息苦しくはならないと考えています。事後にチェックがあったり、評価があったりするのは当然だと思うからです。 自分でも、うまくいった、うまくいかなかった、よくないやり方だった、よいやり方だった・・・という評価は、その事柄が終わった瞬間に手応えがありました。 ですから、他者から同様な評価をされても、別段苦しくはなく、素直に受け取れるものだと思うのです。